人生暇つぶし

恩師である教授の口癖。人生暇つぶし。学問暇つぶし。

早起きをして体内時計を調整したい

おぞましい夢を見た。晩夏の夜7時頃に、最近よく見かける後輩の男の子と部活の後輩の男の子と歩いて地元の駅に向かっていたら、ごつめのロケット花火が打ち上げられて、落ちてきたときに人に当たって腕がもげるという。私服警察官もいて、すぐに被害者に駆け寄ってるくらいなのに、信号のところにいた犯人は普通に花火をぶん投げている。何か変な雰囲気だ、危ない、と誰しもが気づきながら、自分だけががっつり犯人も花火を投げた瞬間を見たのが不気味で。一緒に歩いている2人も無関係すぎるんだけど、事故の予兆でないことを願う。
ところで、寝る前も起きてからも下から話し声が聞こえてくるんだけど、彼らはいつ寝ているんだろう。寝る前はすごく笑っていたのに、今はなんだか喧嘩しているようだ。忙しいな。

最近なぜか昔のことをよく思い出す。自転車で母親と出かけるときに、後ろを走られるのがすごく嫌だった。道を間違えるんじゃないかとか、いつの間にか置いていってしまっているんじゃないかとか、とにかく不安が大きくて嫌だった。前にいて道を示してほしいと思っているところに自分のクズさ加減や不安症っぷりが表れている。一人で動くときは自分が困るだけだからフラフラ歩くのは全然平気というかむしろ気楽なんだけど、他人といると気遣うことが多い。
また、自分は恋愛の話をよくしていたんだけど、それは他の話題がないから手っ取り早くて都合のいい万能のネタだったということにも気づいた。恋愛くらいなら、周りの子と同じように、誰かを好きになって、付き合って、ということがあったので、共通の話題として使えたんだろう。音楽の話や本の話、自分の興味のある話はできる人がいなかった。今でなら話題ごとに相手を変えればいいとわかるんだけど、そのときは全てを話すことができる相手が必要だと思い込んでいたのでつらかった。しかも変えるということに気づいたのがわりと最近なので、長いこと苦しんでいたように思う。まあ今になっても話したいことを話せる相手はいないんだけど、長いこと人と話すということをきちんとしてこなかったので、自分が本当は何を話したいのかもよくわからない。議論がしたいわけではないらしい。議論というよりも、会話や対話がしたい。それらをすっ飛ばして議論など不可能なのに、議論をしたがる人種は一定数いる。疲れる。社会のことから生態系のことから、何でもかんでも構造についてああだこうだと考えるのが好きなんだけど、それを一緒にああだこうだと考える人がいたら面白いだろうなと思うことはある。出会えることに期待はしていない。
自分は変だ変だと言われてきたから人と違うということをアイデンティティにせざるを得なくて今まで来たけれど、わりと凡人であることが最近ありありと感じられて、アイデンティティ崩壊とまではいかなくとも少し寂しい気持ちになる。結構な凡人だ。自分が考えるようなことは誰でも思いつく。アイデアは突飛でも何でもない。そうなると、自分らしさがわからなくなる。他人と比較すると上にも下にもキリがないので無意味なのはわかっているけれど、それでも何かに秀でているわけでもなし。はたして自分とは。