人生暇つぶし

恩師である教授の口癖。人生暇つぶし。学問暇つぶし。

腐れども、腐れども

必要なことはやるべきだと思う。面白いことはやりたい。
必要のない面白くもないことを惰性でやるのはものすごく嫌い。
それをやる意味は何なのか、それをどうしてやりたいのか、そもそもそれはやらないといけないのか。そういった部分がなおざりにされてるイベントって、話聞いてても全然楽しくないんですよね。というか、喋ってる人がまず楽しくなさそうに見えちゃうし。主催側が必要性や楽しさを真剣に感じてないものなんかやる意味ないと思います。来てくれる人たちに失礼だ。

資格とか規制とか組織とか、何か新しいものを作るときには、それを作るだけのエネルギーがあって成し遂げられるものだと思っているんですが、そうじゃないんですかね。惰性とかお金のためだけに作るとしたら、結局それだけの影響力にしかならない、というか歪んだ影響を及ぼすからむしろやめてほしい。
北欧ブームなのかたまたま今の環境が北欧を好きな人が多いだけなのか知らないけど、何でもかんでも取り入れるのはどうなんですかね。取り入れるならその本質を考えて今の日本にどう影響を及ぼすかとか、そもそも既存の制度を変えて代替できないかとか、取り入れるとしたら何を大事にしないといけないかとか、いっぱい考えることがあるはず。で、その作業ってものすごく重要で、ちゃんとできてないと出てくる言葉も薄っぺらい。ちゃんと考えてるとしたら、言葉に熱意が感じられるのが普通。難しい言葉でごまかさなくてもその意味を言えるだろうし、淡々とした語り口でもちゃんと伝わってくる。
何でもかんでも作ればいいってものじゃないし、それは目に見える大金が動くハコモノについて主に言われるけど、そうじゃないものでも同じことだと思うんですよね。

やるなら何でも楽しくやりたいじゃんね。無理して熱くなったり、そう振る舞ったり、ふざけたりするのは好きじゃないけど、やってるうちに楽しくなって真剣になっちゃった、っていうのはとても自然だし、自分が真剣にそれを必要だと思ったり好きだったりするなら、そういうのが見えるものだと思うんだけどね。
形式とか肩書きとかそういうのめちゃくちゃどうでもいい。それにがんじがらめにされて楽しさが消えるのはとてももったいない。

何も難しいことは言ってないと思う。楽しいことや必要なことはやればいいってだけなのに、なんでそれがこんなにも難しくなっちゃってるのかが不思議でしょうがない。お金のため?そんなに莫大なお金が必要なのか?本当に必要とか楽しいとか思ってるなら国とかに頼らなくてもわかってくれる人たくさんいると思うんだけど。価値と費用がミスマッチならそりゃお金も動かんよ。お金ばらまくなんて一時的な作用にしかならんわけで、一見大金が必要なことでも工夫次第で削減できることってたくさんある。効率化すれば本質もやっぱりある部分で希釈されてしまう。

丁寧にやることに対して手を抜いて、いい事業なんてできるわけないと思ってる。自分ごとじゃないから口出す権利なんてないわけだけど、クズの自分をとりあえず置いてくれている大学なので、腐らないでほしいなと思う。真剣に考えてるから怒ったり泣いたりするわけで。どうでもいいものに対しては何も思わん。