人生暇つぶし

恩師である教授の口癖。人生暇つぶし。学問暇つぶし。

嗅ぎ分ける

 この感覚は、言葉で上手く表せないので不便だなあと思います。「近い人」がいました。いたというか、やっぱりそうだよね、という答え合わせをしたような。頻繁に出会えるわけではなくて、それでもポツリポツリとどこかにはいて。直接話せる確率は少なかったりもするので、ああ、とは思えどむず痒いままに姿を見送ることも多く。

 近い人、どうしたらもっとすんなりと見つけられるのでしょうか。誰か、検索ワードを教えてほしい。なかなか見つからなくて、それでもその姿を見つけると一人だけ人の群れの中で浮き出たように見えるのです。臭いか、はたまた眼光か。実際は服や立ち姿、目線、そんなところですが。見つけたときのワクワク感は、話をしてみて確信に変わり、されども互いに探り探りで、それがぶつかったときの喜びはおそらく(人よりも機会が少ない分)大きい。

 ただ、残り僅かしか私はこの地に滞在できないので、寂しさもあり。次は何年かかるのだろう。本の中でなら近い人にたくさん出会うことができるのに、直接見つけることはなかなかできません。だから私は本に逃げてしまいがちですが、現実も生きていかねばなりません。検索ワードは生きづらさで広くかけてみてはいるものの、最近はなんだかそれで見つかる人が多すぎて、その中で近い人を見つけることが非常に困難になってきました。そういった中でやはり嗜好というのは一つの大きな目安であって、嗜好が完全に合致することはないものの、似ている人はやはり考え方も近しいことが多くあるようです。嗜好が似ているだけでは近いとは限らないので、またそれも難しく。しかし、何かを好きになるということは、その背景にあるものを無意識に嗅ぎ取っていることが多く。だから、近い人の好むものを聞くと自分も好きになる確率が非常に高いので、そういった人と出会うのは面白いです。自分の好きなものを好きな軸のままで深めることができるから。

 無理に周りの人に合わせて過ごしていると、近い人を見つけにくくなるように思います。見つけられなくなるのか、見て見ぬふりをするのかは人によります。見つけにくい人は、自分の軸を確固たるものとして周りを気にせず生きてゆく、もしくは、他人に迎合するのどちらかに当てはまることが多いように思います。長期的に見れば、周りを気にせずじっと待ち続けることがいいのでしょうが、それができるようになったのは私は最近になってやっとのことでした。できるようになったから、見つけられるようになったのかもしれません。

 しばらくはまた見つからない日々が続きそうですが、今はもう本があるから怖くありません。他人からは孤独に見えても、私は孤独ではない。そう考えることができる自分は、とても強くなったなあと思います。