人生暇つぶし

恩師である教授の口癖。人生暇つぶし。学問暇つぶし。

隠さないこと、隠せないこと

自分の中の違和感が一つ解消しました。解消というか、明確化しました。綺麗な言葉、表現に伴う行動において、美しい部分だけを見ていること、そういったものに対しての違和感です。ふれあいとかボランティアとか社会貢献などに対して、素晴らしいと思う一方で腑に落ちない部分があります。汚い部分を排除して考える人が多いことに対してうさんくささを感じます。今日聞いた言葉の中で「汚いところは無視する」というものがあって、まさしくそれだと思いました。

最近気づいたのですが、私が人を尊敬したり好きになる基準は、倫理観にあります。意見の相違には影響をあまり受けないし、むしろ自分の中の確立されていない部分(ほぼ全て)においてその相違は肯定的に作用されることが多く、そういった意味でも人の話を聞くことが好きです。ただ、意見の相違は往々にして衝突を生むことがあります。誰だって自分の中に確立したものを否定されるのは怖いからでしょう。私は確立されていないので、否定されても相手のほうが正しいのかもしれないと感じることが多いです。その後に相手の考えを自分の一部とすることもよくあります。そういう面においては柔軟性が高いとは思うのですが、相手が自分の倫理観にそぐわないときは、意見が一致していようとなかろうと、好きになれません。昔はあれが嫌いこれが嫌いというのは今ほどは主張していませんでした。それは自分の環境が恵まれていたことが主で、あとは自我が芽生えていないとか自信がない(今も)とかそういったことでしょう。ある意味(自分からかつ相手から)閉ざした社会において幸せに過ごしていました。文句が止まらなくなったのは、おそらく大学に入ってからだと思います。社会が嫌でも開いてしまったからですね。そこで揉まれて社会性を身につけるべきだったのですが、拒絶して今に至ります。

ただ、社会性とは何なのでしょうか。人を傷つけないことか。衝突を避けるために嘘も方便として使うことなのか。私にはそういったものが違和感として残るのです。それは、最初に述べた「汚いものは無視」する人に対する違和感と同類です。いいとこ取りというか、相手をツールにしか見ていないというか、搾取してやろうという魂胆が見え隠れして気持ち悪いです。私が好きだなあと思う人たちの共通点は、バカみたいに素直なところです。自分の軸があって、それに対して本当に正直でいる。それゆえに他人と衝突することが多い人もいますが(コミュニケーション能力に優れ、関係性を上手く構築している人もいます)、その不器用さも含めてその人らしくみえる。

何かに飲まれてしまえば、楽でしょう。ただ、それならば誰の人生を生きていることになるのだろうか。表層的な幸せは本質的なのか。そもそも本質とはなんだ。

社会性がおぞましいほどに身につかない理由は、こういった考え方はもとよりなのですが、人が発する負の感情への閾値が低すぎる点にあります。そういったものを感じ取ると関わるのが怖くなる。飲み込まれないように反発したくなる。一人の人に対して常に同質の感情を抱くわけではありませんが、見えた途端に離れたくなる。怖い。

これは発達障害なのでしょうか。おかしいのは私なのでしょうか。

汚い感情もまた、美しい。ただ、汚いの定義におそらく差異があります。怒りは理解できるけれど、騙すのは理解できない。貶めるとは少し違う。怒りは真正面からぶつかるニュアンスがあるけれど、騙すのは後ろから殴るような、卑怯な感じがします。卑怯なのが嫌いなのかな。自分に過失がある場合、殴られてもいいけれど騙されるのは腹が立つ。殴られたら悔しくて泣けばいいけれど、騙されたらめちゃくちゃ怒るだろうな。

社会性を身につけたら生きるのが楽になるのでしょうか。そのときには私も幸せだなあ、生きてて楽しいなあ、と思っているのだろうか。きれいなものだけを見て、素敵な社会だなあと感じるのでしょうか。想像力が欠如したら(仮初めの)幸せな状態になれるのかな。自分が見てきた(見ている)汚いものを無視したら、自分を騙したら、きっと社会性が身につけられるのでしょうね。ただ、それは自分を否定することになる。私は、人が倒れていたら自分の持ち物も救急行為に使ってしまうような自分が好きだし、困っている人がいたら予定を遅らせてまで人助けをしてしまう自分が好きです。その一方で、何かに苛立って(意見や怒りを以ってして)それと向き合う自分も好きです(怒るのは好きではないですが、そういったバカ正直な部分に対して)。そういった倫理観にそぐわない、怠惰で自信も責任感もない自分に情けなさや怒りを覚えることも非常に多いのですが、その自分も大事な一部分です。それを隠さないといけないのか。隠して、自分を悪だと貶めて、社会性を身につけるのか。それみなさんやってるんですか。つらくありませんか。

何も気づかなければ、何も考えなければ、幸せなのか。